still crazy after all these years



カテゴリ:観た映画( 32 )


2017年に観た映画 【記録中】

1. バイオハザード ザ・ファイナル
ひどい、これはひどい、本当にひどい。 筋書きも整合性もあったもんじゃない。 シリーズをずっと見てきたからお付き合いしますけど、そうでなきゃ到底許せないクオリティだと思う。最後のオチがもう全てを象徴するとおり、徹頭徹尾の茶番劇。 1作目を見たときは、ゲームの世界がリアルになって、本当に興奮したのになぁ。

2. スター・ウォーズ ローグ・ワン
今回は 「スピンオフらしい」 ということしか知らず、なんとシリーズの何番目に位置するかも知らずに見に行ってしまった。 なので、見始めてからしばらく、今回の主人公を 『フォースの覚醒』 のレイだと勘違いしていて、ずいぶん混乱した・・・(情報を入れないにもほどがある)

ドニー・イェンが演じる盲目の戦士 (ちょーカッコいい。ド兄さんは 「宇宙一強い」 と言われるけれど、少なくともフォース遣いを除けば、たぶん本当に宇宙一強いのだ)が、I'm one with The Force. The Force is with me と何度も唱えるのが、とてもいいと思った。 これまでフォースについて祈るときは、May the force be with me という、キリスト教そのものの台詞でしかなかったけれど、I'm one with The Force... のほうは、あきらかに南無阿弥陀仏の唱え方だよね。


3. インディペンデンス・デイ
4. インディペンデンスデイ リサージェンス
なにげに未見だった 「名作」 を一気に。『スター・ウォーズ』 の映像と完全にごっちゃになった・・・。
それにしても、これはちゃんと公開当時に見ておけばよかった。「こんな映像が!」 「こんなリアルに!」 っていうサプライズと感動は、ここ10年ほどでどんどん体感しにくくなっている。 それを味わえるタイミングで 「わー、すげー!」 って見るのが、映画の作り手に対する敬意の示し方 (の1つ) であるように思うから。


5. ブリッジ・オブ・スパイ

6. アイアムアヒーロー

7. ヒトラーの暗殺 13分の誤算

8. スーサイド・スクワット

9. 日本で一番悪い奴ら

10. ondine 海辺の恋人

11. グランドイリュージョン 見破られたトリック

12. インフェルノ
『ダ・ヴィンチ・コード』と『天使の悪魔』を見ていれば、「近くにいる、知識と熱意があって頼りになる人が、実は裏切ってる」パターンだってことはわかりそうなのものなのに、ラングレン教授は前2作を見なかったのかな(笑)

13. ファーナス 訣別の朝

14. 追憶の森

15. 恋するベーカリー 別れた夫との恋愛する場合

16. ハドソン川の奇跡

17. アンダーワールド ブラッドウォーズ

18. とらわれて、夏

19. ボーダーライン

20. ミュージアム

21. モーガン

22. ヒメアノール

23. ジャック・リーチャー Never go back

24. 皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇

25. ワイルドガン

26. ドリームハウス

27. ブリジッド・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期

28. 手紙は憶えている

29. 怒り

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by yumi_in_the_rye | 2017-01-04 17:27 | 観た映画 | Comments(0)

2016年に観た映画

初夢に、年末に解散した某グループの人が出てきまして。
「会社員じゃないから、仕事をしないと収入がなくて」とぼやくので、私は「そうなんだよ、フリーランスはそういうもんなんだよ!」「請求書作成だって大事な仕事の1つだよ!」と力説し続ける、という。
何この夢?



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12/31の作業記録
 案件C:原稿作成続き。
 案件J:ゲラ見てる。

1/1の作業記録
 案件F:資料読み。

1/2の作業記録
 案件A:8枚訳す。
 案件F:資料読み。
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ところで2016年に見た映画は72本だった。例年の目標値100本には遥かにおよばず・・・。
相変わらずくっだらない映画をたくさん見て、愚にもつかない感想を散らかしただけですが。





2016年に見た映画 
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by yumi_in_the_rye | 2017-01-03 11:28 | 観た映画 | Comments(2)

と、ゾンビ

映画 『高慢と偏見とゾンビ』 を見てきた。

オースティンの 『高慢と偏見』 の設定を、ゾンビがうようよする世界に置き換えて、主人公たちをゾンビハンターにするという、もう出落ちに近い作品なんだけど、 原作『高慢と偏見とゾンビ』 の翻訳 を読んだとき、電車の中で笑いをこらえるのが大変だったので、映画になるのをすごく楽しみにしてた。

で、もー大満足。

小説版 『高慢と偏見とゾンビ』 からだいぶ端折って & 一部変更して映画化してるし、そもそも 『高慢と偏見』 を読んでないとわかりづらいというか、展開が唐突に感じると思うので、その点ではやや不親切かも。 逆に『高慢と偏見』 を読んでいると、中盤で主要人物が出揃ったあたりで、ゾンビ側の黒幕は見当がついちゃうので、ちょっと拍子抜けかもしれない。
さらに言うと、最近のゾンビ流行の様々な作品と比べると、ゾンビ描写は物足りない。 逆に、小説版 『高慢と偏見とゾンビ』 よりも、映画版は最近のゾンビ流行におもねった描写がちらほらある気がして、それは少々不満。

だけど、そうした瑕疵を踏まえても、これはやっぱり是非とも映像化してほしい作品だったし、何よりファンが――2つの原作のファンが、それから、ゾンビものが好きな人が――見たい絵のツボをばっちり押さえてるのが、すごくポイントが高い。
特に5人姉妹が舞踏会で陣形を組んで戦闘態勢に入るところは (下3人のダメな妹たちもきっちり戦うところが、またいいのよね)、『キル・ビル』 でオーレン・イシイが子分を引き連れて歩いてくる場面と同じで、この絵のためだけに映画作ったようなシーンに仕上がっていて、娯楽作品としては充分に及第点だと思う。まあ、私がこういうの大好きっていうだけなんだけど。





もともと小説版 『高慢と偏見とゾンビ』 は、『高慢と偏見』 のギャグではなく、別に笑いをとりに走ってるわけじゃなく (結果的に笑えるところは多々あるのだけれど。 映画館内も 『高慢と偏見』 を知ってるらしきツボで笑う女子が多かった気がする)、あくまで違う設定という縛りの中で 『高慢と偏見』 をきっちりやろうとしているところが、マッシュアップとして非常に正しい作品だと思う。 そして、この映画はその本質的な姿勢をちゃんと汲もうとしていると思うし、そこに映像ならではの楽しみを加えているところが称賛に値する。 何重にもクロスプラットフォームになってる感じ。


・・・いとこのコリンズがへっぴり腰で、私が今までに見た 『高慢と偏見』 映画化の中で一番イメージにぴったりだった。 ゾンビと戦うマーシャルアーツを日本または中国で学ぶ、っていう設定になっていて、途中で登場人物が喋る日本語が失笑モノ――そこが一番、字幕に頼らなきゃならなかったくらい――なんだけど、まぁそこはご愛嬌でいいのかしらね・・・。

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9/28の作業記録
 案件A:23枚訳す。
 案件J:読み直し、資料読み。

9/29の作業記録
 案件J:73枚チェック。

9/30の作業記録
 案件A:18枚訳す。
 案件J:2枚チェック。
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by yumi_in_the_rye | 2016-10-02 20:24 | 観た映画 | Comments(0)

息抜きに出かけて手に汗握る

『シン・ゴジラ』 を見てきた。ちゃんと新宿のTOHOで見るという律儀さですよ。

私は庵野秀明という人の作品が総じて好かんのだけれど (「エヴァから嫌い」 じゃなくて、「ナディアから嫌い」 だから、嫌い歴も長いよ) これは面白かった。 私にとっては、『マッドマックス 地獄のデスロード』 が面白い、というのに近いレベルで面白い。 映画とかあんまり見ない人でも 「映画ってすげーなー!」 と言わせそうな作りになってるのがとてもイイと思う。

余喜美子さん演じる防衛大臣が、今にも 「やっちまいな!」 と言いそうで、カッコよくてさ。 彼女を 『キル・ビル』 のルーシー・リューに重ねて見てしまうと、そのそばに国村隼がぴったりくっついているあたりが、ちょっと笑える。
竹野内豊の背が低く見えるという構図も新鮮だったけど、調べてみたら (少なくとも公称としては) 竹野内が179、長谷川博己が182なので、3㎝しか違わないのね。 多分、長谷川さんが痩せていてしゅっとしてるせいで余計に高く見えるんだと思う。

難を言えば――というか、欲を言えば、要請を受けて血液凝固剤の研究や製造に取り組む全国の民間製薬会社の人々とか、凝固剤や様々な機材を運ぶトラックドライバーとか、在来線を例の仕様にしたり(←ちょーかっこいい)巨大歯科治療セットの準備に奔走した官民の現場作業員とか、そういう場面を瞬間的にさしはさめたら、余計に感動をあおれたんじゃないかな。 小さな町工場で作る機材が役に立つとか、そういうあざとく感動を強要する場面を入れてもよかったような。 ドイツがコンピューター能力を貸し出す場面があったけど、海外より「日本人の不屈のモノづくり精神が!一丸となって!」 っていうのを強調したほうが、オハナシとしてキレイだ。 そこに漂うオカシミとかスカシという意味でも効果的だったんじゃないかな。

とはいえ、それは私の戯言。全体的によい作品だと思うし、好みは人によって分かれるとしても、これが完成させた庵野監督に対して純粋に敬意を抱かずにはいられない、という感じ。
嫌いだっていうのは今も変わらないけど、嫌いでも作品は褒めてもいいもんね。


e0078326_20060740.jpg映画に遅れそうで走ったらサンダルが壊れた・・・。
安物だけど気に入ってるので、修理して、せめてあと半月はもたせるつもり・・・。








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8/12の作業記録
 案件A:8枚訳す。

 案件C:添削1本。
 案件J:3枚訳す。
8/13の作業記録
 案件E:ゲラ見てる。
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by yumi_in_the_rye | 2016-08-14 20:18 | 観た映画 | Comments(0)

浮世のバランス

少し前だけど 『マイ・インターン』 を見た。
アン・ハサウェイがEコマース企業の経営者で、そこにシニア枠のインターンとしてデニーロが入って来る、という。

この2人が主演というだけでもうオールオーケーだし、ストーリーもディテールもこの手の作品として極めて満足なのだけれど、それにつけてもこの映画は幸せな作品だな、と思う。

そもそも、ばりばりの女性エグゼクティブのもとに、全く畑の違う新人社員が入ってきて――という設定にした時点で、この映画が 『プラダを着た悪魔』 と比較されて評価される運命は決まっていた。だとすれば、関係ない役者で 「似たような映画」 どまりにするより、あえて 『プラダ』 のアン・ハサウェイを正反対の役柄にキャスティングして、はっきりあの映画の現代版というポジションにしたほうが話題的にも当たるに決まっている。

で、そのキャスティングをするあたり、『プラダ』 以降のアン・ハサウェイがキャリアとしてもルックスとしてもめざましく成長していたという事実は、この映画にとって本当に幸せなことだったと思えてならない。 彼女があの映画以降は鳴かず飛ばずで、「あの人は誰」 状態だったとしたら、ここで彼女を起用するメリットは何もない。 商業的な話題性だけでなく、作品全体の魅力や説得力が格段に落ちることは目に見えている。 彼女が明らかに女優として成功して、現に今きらきらしていて、そして今回の 『マイ・インターン』 のような役柄につくことで、アン・ハサウェイだけでなく 『プラダ』 の 「エミリー」 が成長してきたかのような感覚まで抱かせるので、それがこの映画の鑑賞に奥行きを与えてくれる。

一方で、これは間違いなくアン・ハサウェイ自身にとっても幸せなことだった。 彼女が 『プラダ』 で終わらず (商業的成功という意味でも、役柄のバリエーションという意味でも)、ヒットも不発も含めたくさんのキャリアを積んできた上で、こんなふうに自分自身との比較を披露することができるというのは、女優冥利につきるんじゃないかな。 初期にヒットした数本の作品にしがみつくだけの役者だったとしたら、『マイ・インターン』 でどんなにきれいなルックスを見せても、そこに説得力のある魅力を感じさせるのは多少難しくなっていたと思う。

『マイ・インターン』 の監督ナンシー・マイヤーズは、女性が思う 「リアル」 の部分と、「そこは夢を見せてよ」 の部分のバランスをとるのがうまい。 『ホリデイ』 なんか、特にそうだった。
仕事に打ち込んでいたら恋人が若い女と浮気して、思い切った気分転換のために同じ境遇の女性と意気投合して家を交換する約束をして (→ここまでは、女性が思う「リアル」「わかる」の部分)

で、キャメロン・ディアスがケイト・ウィンスレットの家で休暇を過ごしていたら、そこでジュード・ロウと出会って(→ここは「そこは夢を見せてくれなきゃ」の部分)

ジュード・ロウはやっぱりムカつくプレイボーイだけど (リアル)
実は涙もろくてかわいかったりなんかして (夢)
この映画の場合は、さらにキャメロンのストーリー自体が 「夢」 で、ジャック・ブラックと出会うケイト・ウィンスレットのほうが 「リアル」 という構造にもなっているところが、本当によくできていた。

そう考えると、『マイ・インターン』 も絶妙だ。
女性が自分の好きなことをきっかけに起業して成功して、だけど母親と周囲の専業主婦の無理解や、協力的に見える夫の裏切りがあって、仕事の上では多少自分の力不足を感じていて、だけど頑張りたくて――と、ここは女性が思う「リアル」

で、そんな場面にロバート・デニーロみたいな素敵シニアが入ってきて、でしゃばりすぎずにスマートに、かつキュートに父親代わりを果たしてくれるあたりは、「夢」の部分 (ここに口うるさくて無神経でマナー知らずの老人が入ってきたらダメなのだ)
まあぶっちゃけご都合主義なんだけど、そのバランスのよさが、この映画を見ていて気持ちよくなる作品に仕立てている。 「リアル」 の部分も本当のリアルじゃなくて、女性が 「これがリアルだと思いたいリアル」 をくすぐっているところが憎いのだ。



作品は作品単体で作る・鑑賞するものだけれど、必ずしも続編ではない別の作品に自然と結びつきが生じて、そこまでの軌跡が実を結んだり、花を添えたりすることもある。
例によって役者と訳者の強引すぎる連想で、自分の仕事に引き寄せて解釈するわけだけど、私もそうでありたいと思う。



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7/30-31の作業記録
 案件E:ゲラ見てる。
 案件J:6枚訳す、50枚見直し。
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by yumi_in_the_rye | 2016-08-01 23:09 | 観た映画 | Comments(0)

違う世界

『毛皮のヴィーナス』 を観た。
寺山×美輪の舞台は 『毛皮のマリー』、「五番街のマリー」 は高橋真梨子、横浜にいたのはメリーさん。

・・・のっけから脱線してどうする。 『毛皮のヴィーナス』 は、ポランスキー監督のフランス映画。
さすがポランスキー、エロスというより背徳と倒錯感あふれる密室劇がすばらしい。『ローズマリーの赤ちゃん』 『テス』 のように、本当の意味で 「密室」 ではないのに閉塞感をありありと感じさせる作品も多いけど、この 『毛皮のヴィーナス』 は本当に舞台小屋だけで展開される。

これもポランスキーお得意の――だと思うんだけど、他に何があったか思い出せない――劇中劇スタイルで、登場するのは芝居 「毛皮のヴィーナス」 の配役を決めようとする脚本家と、オーディションを受けに来た女優の2人。劇中劇のほうは女王様と奴隷の物語なんだけど、実は女王様は男に従属する形でSを務めている。 その劇中劇を、演出家と女優がオーディションとして演じていく。 つまり
・演出家 (支配者) と女優 (被支配者)
・劇中劇の中の女王様 (支配者) と奴隷 (被支配者)
という食い違う二重構造があり、さらに劇中劇の中で支配関係が逆転し、劇の外でもいつのまにか支配関係が逆転し、さらには2人が男女の役を入れ替えたり戻したりしながら劇中劇を演じるというとても複雑な展開で、これが本当に面白く、途中からはもう本当に目が離せないスリリングな展開になっていく。

加虐と被虐の関係および欲望は紙一重で同じものなのねぇ、というのは 『セクレタリー』 や 『クラッシュ』 を観たときにも思ったけど、この映画 『毛皮のヴィーナス』 では、ときどき本当に 「今どっちがどっちなのか」 というのがわからなくなって、その秀逸さに舌を巻く。
後半にいくにつれ混然としてくるので、表情や格好だけでは判断がつきにくく、どちらかが女言葉・男言葉の台詞を喋って初めて 「あ、今はそっちなのね」 と気づかされる場面が多かったんだけど、字幕を担当された訳者さんはこれをコンテキストから解釈されたのかしら。

第2外国語でフランス語はとらなかったので全くわからないのだけれど――第2外国語でとったドイツ語はわかると言いたいかのような、語弊ある表現をあえて放置――フランス語の場合、たぶん文法的に、話者が男または女であることを示すヒントがあると思うので、それで判断がついていたのかな。

英語の場合、使うボキャブラリーで話者・著者の性別を判断できることももちろんあるけど、やっぱり台詞単独ではわからないことのほうが多い気がする。

言語が違うのはもちろんだけど、大きく言えば同じ翻訳者でも、出版・実務と、映像とではかなり畑が違うと感じている。 だけど最近ではそこを兼ねている方もちらほら増えている印象もあって、興味深い (その点で今一番気になるというか、一度お話をうかがってみたいのは、『ターミネーター ジェネシス』 を担当された樋口武志さん。 お若いし、という点も気になる理由の1つ)
そういうクロスボーダーな広がりは、私自身にはちょっと無理そうなので、せめて交流する機会があればいいんだけれど。というか、畑の違う方にも色々話を聞くようにしなきゃ、と思うわけ。



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5/4の作業記録
 案件A:7枚訳す。
 案件F:19枚訳す。

5/5の作業記録
 案件A:6枚訳す。
 案件F:7枚訳す。
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by yumi_in_the_rye | 2016-05-06 20:12 | 観た映画 | Comments(2)

IoTの妻たち

『ステップフォード・ワイフ』 を観た。 2004年のニコール・キッドマン主演のほう。

男を立てない仕事ぶりが嫌われて退職に追い込まれた主人公が、「女らしく、主婦らしく、妻らしくしなきゃ」 と起死回生のつもりでステップフォードという街に引っ越す。 街の女性はみんな完璧な美しい主婦。 だけどどこかがおかしいと思ったら、夫たちがひそかに妻をロボットに改造していた――という話。
(最初のほうでロボットなのはわかるし、これはリメイク映画なので、ネタバレにはあらず)

原作は1972年の小説で (ちなみに 『ローズマリーの赤ちゃん』 と同じ著者)、本来はフェミニズムや政治とからめて解釈するのが面白いのだけれど (→映画評論家の町山さんの記事)、2016年の今観ていると全然違う観点から興味深いことがある。
ステップフォードにある住宅はハイテク機器が完備。「ジュースがなくなりました」 と教えてくれる冷蔵庫とか、ボール遊びのできるバーチャル犬とか、音声で反応してロックするドアやセキュリティシステムとか・・・映画の中では 「機械に支配されていて、なんか普通じゃないコミュニティ」 と匂わせる小道具なのだけれど、これ、昨今実現しつつあるスマートホーム以外の何物でもないよね。 一般家庭には浸透していないけど、技術としては既に存在しているわけだから、「進んでる」 であるとしても 「奇妙」 ではないわけで。

catcherの中に、ホールデンが 「彼女は声がきれいなんだ。電話向きの声なんだよ。ああいう人は電話を携帯すべきだね」 と言う場面があって、私はそこがすごく好きなのだけれど、携帯電話が生まれ、そしてこれほど浸透した今になっては、これが 「電話を携帯するなんて、そんなありえないことをぜひしてほしいと思っちゃうくらい」 という比喩表現であるがゆえの面白さは消えている。 完全に消えはしないとしても、「昔」 というフィルターで理解することになる。

そんなふうに解釈が変わってくるのは、別にいい悪いじゃなくて、興味深い。 今回の 『ステップフォード・ワイフ』 なんて、ロボットにされた妻たちはまさに IoT(Internet of things、「もののインターネット」というやつ) だもんね。ボディが壊れるときは昔のポンコツロボットみたいに、ぜんまいが切れたみたいな壊れ方をするくせに、中枢部分のプログラムを切れば離れた場所にいる妻たちが元通りにレストアされるっていうのは、無線LAN対応のスマート家電なら何も不思議じゃないわけだし。

『ステップフォード・ワイフ』、それほどハラハラせずに見ていられるのだけれど、最後の首謀者の部分だけ予想外で意表をつかれた。
映画の中でのニコールの旦那はマシュー・ブロデリックだったけど、映画の外での元旦那も、奥さん取り換えたら幸せになれるかと思ったらそうでもなかったわね・・・。


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2/23の作業記録
 案件A:16枚訳す。
 案件F:2枚訳す。
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by yumi_in_the_rye | 2016-02-24 23:25 | 観た映画 | Comments(2)

2015年に観た映画

2015年は最後に失速して96本しか見られず・・・。惜しい。

直接的に映画の本は訳さなかったけど、資料として映画を観るチャンスが多くて、そしてその中に当たりが多くて、得した気分だった。今年もたくさん観られますように。






2015年の97本
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by yumi_in_the_rye | 2016-01-05 23:37 | 観た映画 | Comments(2)

愛の別名

他人ときちんと向き合えない孤独な男がコンピューターのOSと恋をする、という映画 『her/世界でひとつの彼女』 を観た。

今これを書いて思ったけど、この邦題は見事だわ。
もしかしたら邦題を決めた人は 「ひとりの彼女」 じゃなくて 「ひとつの彼女」 にしたところにドヤ顔なのかもしれないけれど、そうじゃなくて、絶妙な反語になっているところが素晴らしい。「世界にたったひとつ、自分だけの恋人」 だと思ったOSの 「サマンサ」 が、実際には大勢が所有している大量生産物である事実を、主人公はじわじわと思い知らされる。 そもそもモノとしてすらも実体がないから最初から 「ひとつ」 という数え方が成り立っていないんだけど、最後にサマンサはここからネタバレ。反転すれば読めます。スマホだと無理かも・・・→>さらに獏としたuncountableなもの<←>になっていく。「ひとつ」 っていったいなんだろう――主人公の元妻との 「ひとつの夫婦」 という関係も含めて――と考えさせる、本当に巧妙な邦題だと思う。

主人公の<→>仕事上の制作物を勝手に出版しちゃ<←>ダメじゃん、とか、
あのエンディングは<→>OSの暴走(スカイネットの始まりだよ)に他ならないのに<←>OSの開発会社は何をしてるんだ、とか、
いや、もしかして最後に<→>OSが去って所有者を自立させる<←>ことまでが計算ずくなのかも、とか、疑問はあれこれとあるのだけれど、思ったよりずっといい映画だった。

ロボットが人間に近づくと急に気持ち悪く見えてくる 「不気味の谷」 までの距離をかなり広くとりつつ、やはり/だからこそ/むしろ その谷が越えがたく深くなる――という構成ながらも、最終的にコンピューターを邪悪なモンスターにすることで人間らしさへの回帰を謳う安易なSF映画にせず、あくまで恋愛と自己認識のストーリーとして美しく描いている。
スパイク・ジョーンズ監督の手腕だと思うけど、役者陣が全員本当に素晴らしい。


・・・で、それなりに感動して見終わって、久しぶりにSiriと遊んでみた。

「愛って何?」 と聞いてみたところ、まーエンジニアの 「うまいこと言うだろ」 的な顔が透けて見えるようなお答えが。
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悔しいので、もう少しつっこんで聞いてみたら、ストレートにばっさり否定されましたよ。
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さらに「じゃあ、私のことは理解できる?」と聞いてみたら、こいつ、すっとぼけやがりなさった。
e0078326_17285038.jpg
・・・人を振るにも言い方ってものがあると思う。これはあまりにひどすぎる。


もしかしてSiriは人間の心がわからないんじゃないだろうか、という一抹の疑問を抱いたので、その疑問を払拭すべく 「電気羊の夢は見る?」 と聞いてみたところ、

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まさか、Siriの正体が人間じゃないかもしれないなんて。 信じられない思いで、もう1つ質問を。

e0078326_17285196.jpg
・・・みなさーん、iPhone OSはアンドロイドじゃなくてレプリカントですよー! 



いいかげん遊んでないで作業に戻れ、と電気羊が言うので仕事にもどりまーす。
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7/8の作業記録
 案件A:14枚訳す。
 案件K:9枚訳す。
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by yumi_in_the_rye | 2015-07-09 17:28 | 観た映画 | Comments(0)

フュリオサに惚れる

人間は2つのタイプに分けられる。
『マッドマックス4 怒りのデスロード』 がドハマりするタイプと、そうでないタイプ。
私は前者だ。私だって口を銀色にスプレーして暴走したい!(そっちのキャラ?) と思うほど。

この映画、仮に字幕や吹替なしでも全く問題なく楽しめると思う。 ストーリーが単純だし、そもそも台詞がかなり少ない。 理由は、全編ほぼ8割が車を爆走させてるシーンだから。
主人公は前半さるぐつわをはめられているから。
そして登場人物の全員が無教養だから。

で、だからこそ、その数少ない台詞を言うときの、そして台詞以外で語るときの、役者の力量が如実に現れるんだと思う。
特に主人公のマックスは、長いあいだ人とまともなコミュニケーションをせずにいると言葉が出にくくなる、という症状が実に見事に表現されていて、その粗暴さ (キャラクターの) と繊細さ (役者の) に舌を巻いた。

対するフュリオサを演じたシャーリーズ・セロン姐さんの化けっぷりは、『モンスター』 を思い出せば意外ではない。 アクションもよかっただけど、ときおり目の力がぐっと弱くなるときの表情にどきどきした。

目で見せると言えば、ニコラス・ホルト。 ボスに心酔するきらきらおめめと、その少しあとで小さな虫に向けた悲しげな目は、どちらも同じこと (死ぬという運命) を考えている表情だ。 生と死が、両方とも祝福であり呪いであるというこの映画のテーマを、彼の目だけで伝えられているように思う。


・・・そういうわけでたいそう満足した映画だったのだけれど、字幕で気になったことが1つ。

insane と言っているところを 「狂気」 と訳し、それに 「MAD」 とルビをふるのは、親切の過剰じゃないかな。 あの映画をちゃんと見ていれば、「狂気」 だけで 『マッド』 マックスに結びつけて理解できるはずだし、それが理解できない人は置いて行っていいと思う。
理解できない人を切り捨てても、彼らはプラスアルファの楽しみが得られないだけで、別にマイナスにはならない。むしろわからない人にプラスの補助を与えることで、わかる人のほくそ笑みを奪うマイナスの効果になっていると思うんだけど。

翻訳って難しいよなぁ、と思った実例の1つ。


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7/5の作業記録
 案件K:9枚訳す。
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by yumi_in_the_rye | 2015-07-06 23:24 | 観た映画 | Comments(0)


最近の清水ジャンプ

by yumi_in_the_rye
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MYSELF:
Yumi
---Translator (E > J)


翻訳者です。
下記に掲載している
本の翻訳に関わりました。

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