still crazy after all these years



香水の鑑賞 (祝!「年間映画100本」達成)

DVDで 『パフューム ある人殺しの物語』 を観た。

原作がとても好きで、映画が出来ると知って楽しみにしていたのだけれど、なんとなく劇場公開を逃してしまい (コマーシャルに桜塚やっくんを起用していたあたり、配給会社の 「わかってなさ」 に腹が立って、観る気をなくしていたうちに公開が終わってしまった)、ようやくDVDで鑑賞とあいなったわけ。 これが記念すべき今年の100本目。

何しろ 「香り」 がテーマなので、それを作品にするのは本当に難しい。 小説はドイツ語なので当然ながら訳でしか読んでいないのだけれど、不可能なはずの香りを本当に身体で感じるような素晴らしい作品だった。 もちろん、具体的な香りが嗅げるわけではない――そもそも作中に出てくる香水は人間では絶対に作りだせないはずの 「究極の香り」、あるいは人間が知ってはいけない 「禁断の香り」 という設定だったのだから、それがどんな匂いかなんて想像すらできない。 なのに、読んでいてぞわぞわするような、その官能的な気配に鼻腔ではない場所をくすぐられるような、本当に見事な小説だった。

で、映画は・・・・・・「目に見えないもの」 「描き出せないもの」 を表現するという点では文字も映像もハンディは同じだと思うんだけど、読者の想像力を刺激することで 「香らせる」 ことのできる小説と違って、やはり 「見せなければならない」 映画のほうが、それは難しかったような気がする。 こういう場合はえてして不自然で無粋な映像になりがちなんだけど、この 『パフューム』 に限っては、結構うまくやれていたんじゃないだろうか。 老人の声でナレーションが入り、主人公の心情をあえて説明することで、作品全体を 「おとぎばなし」 風にしている。 主人公を巡る関係者の死に様や、連続殺人に怯えるパリをカリカチュアしたコメディタッチであっけないほどあっさり描いていくことで、わざとリアリティを排除している。 だから、主人公の作った香りを嗅いだダスティン・ホフマン (はまり役!) が楽園にトリップしてしまうシーンも、ラストで 「究極の香水」 に人々が我を失うシーンも、まったく浮いていない。 物語の形式美のなかで、きちんと整合性が取れている。

主人公のグルヌイユを演じた役者も、『ハンニバル・ライジング』 の若きレクターを演じたウリエル君に似ていて (まぁ、やってることも同じようなものだし)、汚れた狂気と純粋さを感じさせる好演技だった。 ただ、主人公自身が無臭であること――「匂いがない」 のは存在しないのと同じであり、決して誰からも愛されることはないことを意味している――の恐ろしさと、だからこそ彼が 「究極の愛の香り」 を作らずにいられなかったのだというつながりは、説明はされていたけれど、あまり胸に切迫する強さでは描けてなかったと思う。 いつの時点で彼の作る香水がそれほどの威力を持ち始めたのか (最初は失敗ばかりだったのに)、少々わかりにくいし。

でも、がっかりさせられることの多い 「小説→映画化」 において、これはかなり推薦できる作品に仕上がっていたと思う。 観終わって、私も髪を燃え上がるような赤に染めたくなった (色白じゃないと似合わないのはわかってるってば)。
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by yumi_in_the_rye | 2007-12-29 12:12 | 記録 | Comments(2)
Commented by surf at 2007-12-31 15:09 x
小説もあるんですね。
香水作りはウィスキー造りと似てますね。
この映画の『我を失う』シーンの上映そのものに
口を挟む人達が、一体何に対してそれほど
折り合いをつけようとしているのかも解からないけれど、
一つの事を極めた人が流す涙もまた私には不可解だった。
彼は自分の欠落した部分に気付いて涙を流したとでも?
自分を産んだ女から学べずとも、彼は香水を『愛』せたのだからきっと幸せだったに違いない。
これは一応、ラブストーリーでよいのでしょうか?
そうであればまた一本最後まで観た恋愛映画が増えることになります。
動詞的な母という意味も結局解からないけれど、解からないという事が解かって良かったです。難しくて凄い映画でした。
Commented by yumi_in_the_rye at 2007-12-31 20:06
「ウイスキー造りに似ている」というのはうまい表現ですね! それだ、と思いました。

ラストシーンに対する解釈は、ちょっと私とは違うかな・・・。彼自身が無臭である、というのがやはりポイントだと思っています。無臭であるというのは、「いない」のと同じこと、存在価値も意味も何もないということを示唆していますから、だからこそ彼は「究極の匂い」を作りたかったわけですよね。でも、それが完成してああいうことになっても、本当の意味で彼を愛してくれる人はいなかった。憎んでくれるはずの(憎しみというのは、相手の存在を認めていますから)彼女の父にさえ、それは叶わなかった。結局、どうあがいても自分が無でしかないことをつきつけられて、そして最後は文字通り「無に戻った」んだと思っています。

ラブストーリー、なんでしょうかねぇ。原作もよい本なので、機会があったら読んでみるといいかもしれないですよ。
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